常闇の空に、満月が昇っている。
今日はネジにとって特別な日だった。
先程まで宗家に呼ばれ、食事を共にし、入浴も済ませ床に就いた。——はずだった。
なぜだか布団に入っても眠れず、仕方なく寝間着のまま部屋から縁側に出て、気休めに月見をすることとなったのだ。
任務の合間に月を見ることは幾度かあったが、こうゆっくりまじまじと空を見上げるのは本当に久方振りのように思える。
長期任務後の休みなだけあって、疲れが溜まっているのを晴らしたいのは山々なのだが、どうやらこの月がそれを促してくれているようだ。ネジの表情も柔らかなものへと変わっている。
そんな穏やかな時を過ごしていた、その時だった。
「よう、ネジ~」
低い女声に導かれるままそっと視線をずらすと、塀の屋根に腰掛けて足を組む薄黄金色の髪の女がそこにはいた。
ハーフアップにした腰まである髪を携え、生え際から彼女のトレードマークの稲妻の前髪が一房、ゆらりと垂れている。虎を思い起こす鋭い眼光は、彼女の若き主と同じ、黄土色の瞳で険しさが少し抑えられてはいる。
「キツネか…」
「よっ、お月見か?」
「ああ。今日はなかなか、寝付けなくてな…。お前こそ、散歩か?」
「ま~な。キレーなのが昇ってっかんな。ま、…お前と同理由なんだけどな」
月を見上げ、おどけるように話すキツネに対し、ネジは目を瞑り、フッと笑った。
会ったときからだが、キツネはネジやヒナタ、彼女の友たちに対して優しい女だった。ネジ自身も、彼女にとり自分達は掛け替えの無い、大切な友なのだと思っていることは承知の上なのだ。
キツネが余程のことがない限り、あまりそうとは口にしないだけで……。
「で…、お前、何肩に背負ってる」
「ああ、…これか?」
と言い、持っていた縄を肩から降ろして見せつけた。
それは、――酒壺だった。木ノ葉では見たことのない銘柄からして、おそらく彼女の故郷である枯レ葉から持参してきたものなのだろう。
「胡蝶に頼んで、滅多に買えねー高級酒、取り寄せてもらったんだけど、なっかなか飲む相手がいなくてさ。相手探しがてら散歩してたってワケ」
「なるほどな…」
そう言うことなら、キツネがこんな時間に主の下を離れてふらついているのも合点がいく。
このキツネが、主であり親友でもある枯レ葉の里長から離れることは、任務以外絶対にないからだ。
「どうだ? 一杯やんね?」
と、キツネはにっこりと笑いかけ、空いてる右手でちょいとお猪口を傾ける仕草をした。
一瞬疑問詞を浮かべ、きょとんとしてしまったネジだったが、彼女の意図を察し、フッと微笑んだ。
「…晩酌か。――ちょうど、いい月も出てる。折角だ。…頂こう」
「――そう来ねーとな」
そう言うと、キツネは屋根からすとりと下り、ネジの座る縁側へと歩み寄っていった。
身頃を整え始めたネジの右隣に、一人分のスペースを空けてドサッと腰を下ろし、右脚を組んだ。
「杯(さかずき)とかあるか? まあ、無理にとは言わねーが」
「…少し、待ってろ」
すっくとその場を離れ、ゆっくりと自室へと入っていった。しばらくして戻ってきたネジの手には上等な黒い杯が納まっていた。始めに座していた場所に胡坐(あぐら)をかき、それをキツネの持ってきた酒壺の側に置いた。
「ほう、漆か。雅なモン持ってんなァ。ちと悪(わり)ーが、アタイはコレでやらせてもらうわ」
と言いながらポーチから取り出したのは、使い古した木の椀だった。
ポンッと音を立てて壺の栓を開け、自分の椀に注ぎ始めるキツネに、ネジはそっと声をかけてみた。
「酒を飲む相手がいないと言ったが、胡蝶蘭達がいるんじゃないのか? 火影との会合で来ているんだろう?」
「んにゃあ、胡蝶は明日も仕事だから飲む訳にはいかねーと。二日酔いになるのだけは嫌だとさ。かと言ってイチョウは酒嫌いな上に飲めねーし、ダイのヤツもお前に付き合うのはごめんだっつって聞かねーからよ~」
「フフフ、ダイらしいな」
愚痴を零しつつ椀に酒を注ぐキツネに、ネジは小さく笑った。そして杯を差し出し、注いでもらった。
「ほんじゃま、乾杯といきますか」
「…ああ」
キツネのセリフの下に、キツネは上から椀の縁を掴み、ネジは杯を正しく持ち、双方共にその意を込め、軽く持ち上げた。
ネジはそっと杯を傾け、一口味わいながら飲んでみる。まろやかとしつつも芳醇な香りと爽やかな後味のするそれに舌鼓を打ち、キツネの目の高さに感心した。しかしそれを言おうとして瞼を開けた次の瞬間、目を見張った。
「ングングング、ったはぁ~、美味(うめ)ェ!」
「オイ…、悪酔いするなよ? お前が酒飲むと面倒なことになると、胡蝶蘭から聞いてるぞ」
「ハハハハ、だ~いじょうぶ大丈夫。酔うっつったってリー程じゃねーしさ。それに、半分ぐらいしか飲むつもりねーし、残ったとしてもアタイが責任持って、持って帰るからよォ」
「…だといいが……」
上機嫌で酒を注ぐキツネを視界の端で不安そうに見ながら、ネジはもう一度口に含むのだった。
それから数分後、ネジが三杯、キツネは五杯飲み干す頃には、すでに雑談も交えており、キツネの酒の進み具合もどんどん増してきつつあった。
「っでさ~、イチョウの奴一児の親になったってのに、ま~だ泣き虫なとこが抜けてねーんだぜ? アイツら姉弟の側近として、そりゃどうかと思うんだよな~、こりゃ。ハハハハ」
「キツネ…」
「ん~?」
「そろそろ、お前の本来の喋り方でも、いいんじゃないのか?」
「‼ 〰〰っ」
突如ネジの口から放たれたセリフに、キツネは一瞬にして顔を赤く染めた。そしてそのまま声にならない声で唸りながら頭をかき始めた。しかしどうにもならなくなったのか、ガックリと頭(こうべ)を垂らしてしまった。
ついに諦めがついたのか、キツネはゆらりと首をもたげながら口を開いた。
「――何でアンタがそれを知ってんのよ」
「フ、お前には悪いが、お前の主から直(じか)に聞いた」
「! …胡蝶の奴……」
「まあいいだろう。たまにはお前の丁寧な口調も聞いてみたい」
「アンタ…、いつからそんな物好きになったのよ」
キツネが眉をひそめて呆れるのを前に、ネジは鼻で笑いながら杯の酒を飲み干した。そして微笑むまま輝き続ける月を見上げた。
不満気に六杯目の酒を一気飲みしたキツネは、その様子に気付き、仕方ないなというふうに肩を竦め、鼻で溜め息をついた。
「……ネジ」
「ん?」
沈黙が続いていたなか、不意に声を掛けられたネジはそっと顔を向けてみた。
すると、キツネは酒壺をすっと持ち上げ、注ぎ口を向けた。
「――誕生日、…おめでとう」
「! ……ああ」
キツネの口からついて出た言葉に一瞬驚くネジだったが、彼女の行為に甘え、杯を差し出し、酒を注いでもらった。
そうして二人は、数十分もの間、夜の祝い月見酒を存分に堪能したのであった。
その翌日の同日同時刻、場所は違えど、先日、キツネが持ってきた酒のあまりのキツさに、二人共二日酔いでしばらく動けなくなったのだそうな――。
途中、未成年のくせして酒の味なんざ分かるか! とツッコむ方がいらっしゃるかと思いますが、
設定上の故、どうか譲歩を。(汗)
ちなみに、本作のタイトルは
花札の役名の一つです。
またしてもオリキャラを出してしまいましたぜ、ワタクシ…。
紹介をするとなりますと…、
彼女の名は、化倉キツネ。
年はネジと同い年で12/4生れ。AB型。身長はシノと同じくらいで、体重は異常なほど軽い。
性格も態度も完璧な姉御肌のヤンキー。しかし意外とクソ真面目で、親友・女友達(のみ)に対しかなり溺愛している。
ツッコミの速さと威力はテンテン以上。過去に「ツッコミ女王」と呼ばれたことも…。
人間離れしたスピード(チャクラ使って全力で走ると新幹線並)とシカマル並の頭脳を持ち、槍攻撃と雷遁忍術を得意とするくノ一(特別上忍)。医療忍術も持ってます。
と、いう所でしょうか。
また楽しみにして下さいね♪(*^▽^*)/
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