白く、美しく輝く丸い月。
白く、歴史の趣を感じる城。
そんな中、城の一角にある塔の頂に、人影があった。
黒く、闇に溶け込む燕尾服。
黒く、風にたなびくマント。
唯一白い仮面で目元を隠し、城の窓に目を向け、そっと呟く。
今宵あなたの下へ ガラガラ ガラガラ ガタゴト ガタゴト
森の中の道を、馬車はひらすら走っていく。
それ程高級な馬車ではないため、外見はいたって庶民的。しかし、長く使われていないせいか、馬に引かせるたびに車輪の音は響き、車体が揺れる。
その中には、足を組んで窓枠に肘をつき、景色をぼんやりと眺める青年がいた。
端整な面持ちに、黒く長い髪は毛先近くで結われており、貴族服は彼の礼儀正しさを物語る程に着こなされている。そして、町村ではめったに見られない真珠のように美しい瞳を、彼は携えていた。
「……ネジ。…ネジ!」
「!! 何でしょう、母上」
あまりにボーっとしていたためか、彼は側にいる女の呼びかけに、少々慌てた様子で言葉を返した。
彼の名は、日向ネジ。そして側の女性は彼の母、日向クギだ。
「王宮に戻るのは久し振りねェ。もう十年以上も離れていたんだもの」
一度視線を合わせたクギはそう語りながら、馬車の外を垣間見、懐かしそうに微笑んだ。
いつもは強気な口調や容姿、物腰をしている母親だが、その時は、一人の優しく美しい女性にネジは見えた。
ネジも薄々感付いてはいるが、自分の現実主義な性格は、母・クギの論理的な性格を受け継いでしまっているからなのではないか、とさえ思っている。彼自身で言うのもなんだが、実際彼女には頭が上がらない。
しかし彼がそんな風に見えたのは、彼女にしては相当珍しい表情をしていたからに違いない。
「……そう…ですね」
「うん! 手紙には、元気にしてるっていうんでしょ? どんな風になってるのかしら、今からワクワクするわね」
息子が曖昧な返事をして口籠ってしまうのをよそに、母親はあんな風かな、いやこんな風かも、と語りながら一人、盛り上がっていくのだった。
いつの間にやら蚊帳の外に置かれたネジは、不安げな顔をして物思いにふけっていた。
これから彼ら親子は、この大国の大都市へと馬車を進めている。しかしネジは、正直、本当に里帰りしても良いものなのか、と思っているのだ。
そもそもの事の発端は、この国の第一王女・ヒナタからの手紙の内容からだった。
大都市から離れた街の城に住んでいたネジは毎回のごとく、ヒナタと文通のやり取りをしてきた。ところがある日届いた手紙に、十三年振りに会いたいので戻ってきてくれないか、という文章が途中に書き連ねてあったのだ。
無論、その時のネジは驚いて断りの返事を書こうと思ったのだが、その文の後に父である国王・ヒアシと相談し承諾済みとあり、なおかつクギが久し振りに帰郷したいとの要望をしてきたため、仕方なく了承したのだった。そのため今彼らの乗る馬車の後ろには、家財道具やらが積まれた荷車が三、四台、尾を引いているのだ。
だが、それ以前の問題故に、彼は思い悩んでいるのだった。
「ネジ様。クギ様。見えてきましたよ。もうじき着きます」
若い御者が小窓をチラと見て、二人に呼びかけてきた。
その声にネジはすぐさまそっと窓を開けてやった。クギは一目散にひょっこりと首を出して正面の風景を見始めた。ネジもクギに誘われてゆっくりと眺めてみる。
両側の木々と山道しか見えなかったその風景に、栄えた街と美しい城の風景が差し込んでくる。その様を前に、クギはフッと不敵な笑みを浮かべた。
「いよいよだね、ネジ」
「……はい」
*
「よく戻ってきたな。クギ。ネジ」
低く威厳のある声で王は言った。
彼こそ、この国の王・日向ヒアシだ。そして何より由緒正しいネジの伯父でもあるのだ。
そのためなのか、普段は数段高い場所にあるはずの席には就かず、自ら段から下り、そして二人に跪かせないで目線を合わせている。
「アナタも相変わらず、お元気でよろしいこと」
ネジの右隣に位置するクギは、王に対し不釣り合いとも思える皮肉った口調で返す。
彼女ももちろんのこと、日向一族の分家に値するが、故あって
クギのみヒアシら宗家の者達に敬語を使わなくてもいいことが認められている。
「フッ。…お前も、十年経っても変わらんな」
「それを言うなら、ウチの愛息子の顔をよく見てから言いなさいね」
母の豪胆っぷりに何度も不安げに横目で見ていたネジは、突然話を吹っかけられ内心仰天しながら目の前の男に視線を預けた。
十三年振りに見る伯父の顔は、――相変わらず、父にそっくりだった。
昔、伯父と父は同じ親のもとに生まれた双子の兄弟だった。しかし、一族の血を守るため、兄である伯父が王家に、弟である父が分家に区分されることとなったのだ。そして、 分家は王家に逆らうことは出来ないようにされてしまったのだ。
「ネジよ。――大きくなったな」
その言葉は、不安と躊躇いを胸に抱えていたネジに驚きの表情を作り出させた。
「随分と逞しくもなって、まるでヒザシを見ているようだな。……これ程立派な息子を持ってヒザシも幸せ者だな」
父に似ているようで似ていない声によるセリフと、フッと思い出すように見せた笑みに、ネジはこの旅路の間抱き続けていた負の感情が拭い去られるような感覚を感じた。
やっと肩の荷が下りたネジに笑顔が戻り、先程までの王の言葉に、最大級の紳士の礼を尽くすのだった。
「ホラね、言った通りの子でしょ? この十三年間、アタシが手塩にかけて育ててやったんだからね!」
「…そのようだな」
自慢げに身を乗り出して言及するクギに、ヒアシは微笑んだまま目を閉じて感嘆した。
すると、ヒアシはそう言えば、と話を切り替えた。
「まだ私の娘に会わせていなかったな」
「そう言やぁそうだね。こっちの子を見しといてそっちの子達を見ないって言うのは不公平極まりないからね」
うむ、と同意の一声を返すと、軽く後方へ振り向いてこちらに入ってくるように命じた。
すると、かき分けられた左側の幕の奥から二人の姫君が並んで現れてきた。ネジはそのうちの一人の少女に、人知れず胸をドキリとさせた。
一人は青紫色の髪を長く伸ばし、優しげな風貌に女の美しさを際立たせていた。薄紫を基本としたドレスも彼女の性格を強調するかのような質素なデザインだった。
もう一人は斜めに切り揃えた黒髪で彼女よりも幼く、男勝りという言葉が似合いそうな容姿をしていた。薄黄色を主としたドレスには所々レースがあしらわれ、姉に比べて少しばかり豪奢だった。
先頭をいく姉が軽く裾を持ち上げて淑女の礼をすれば、斜め後ろの妹も少し遅れて続く。
「ヒナタと、五つ下のハナビだ。ハナビとは初対面だったな」
ヒアシが説明した直後、ヒナタはネジを改めて見たためか、目を見張り、声も出さずに口元に手を当てた。
「――ネジ、…兄…さん?」
「――ヒナタ…様…」
ネジとヒナタはお互いの成長具合に、ただただ驚きを隠せないでいた。なにせ、十三年の年月でこれ程にまで変わっているのだから。
「ヒナタさ~ん! なあに? こんなに美人になっちゃってェ。元気だった?」
「あ、はい。おかげさまで」
「そう、よかった。…はじめまして、ハナビさん」
「――どうも…」
すぐさま駆け寄ったクギは見違えるように成長した姪との再会に大喜びするのだった。
そしてもう一人の姪にも挨拶を交(か)わすのだったが、当のハナビはなんとも言えない顔で曖昧に返す。
「ハハハハ、分家のくせに敬語を使わないから、ちょっと不自然に思うかァ。でも大丈夫、じきに慣れますよ。お母様のカナタにもこうだからね」
「はあ…」
クギは笑顔で諭(さと)したが、ハナビは父のほぼ真後ろにいる母に微笑み返されるのを横目に、またしても曖昧な返事をするのだった。
To be continued…
いかがでしたでしょうか。
まだまだ素人ですが、これからよろしくお願い致します!!
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