「では、おやすみなさいませ」
「うん。おやすみなさい…」
明かりを消して部屋を出るメイドを、ヒナタはベッドから見送る。
ヒナタはさらに深くベッドに潜り込み、改めて本当にネジに手紙を届けておいて良かったと思った。
見違えるように逞しくなった従兄。彼が思い続けていたことを自分へ苦しげに告げた従兄。昔と変わらず優しく、昔より紳士的になった従兄。――微笑みながら自分達と共に食事を楽しむ、従兄。
すべてが、昔の続きを描いているようで、夢のような、とても幸せな日だった。
これからまた、あの時のような素敵な日々が――。と、そっと目を閉じて、安らぎの思うまま心の中で呟いた。
ふと、不意に聞こえた風音に目を覚まし起き上がってみると、なんと閉め切っていたはずのバルコニーの窓が開いていた。それだけでなく、窓に寄りかかって中をまじまじと見る黒い人影もあった。
「誰…!?」
うっすらと恐怖を感じたヒナタは、毛布を握り締めて問いかけた。
すると寄りかかる左腕を下ろし、ゆっくりと近づいてきた。恐ろしさでさらに毛布を自分へ近づけるヒナタを前に、ゆっくりと歩み寄りながら口を開いた。
「私は、…吸血人間です」
近づいてくるうちに、月の光が離れ、余計な影が薄れていく。そしてヒナタのいるベッドから二メートル弱の所で足を止めた。
「……今宵、王家第一王女・日向ヒナタ姫、アナタに私の贄となって頂くべく、…つまりアナタの血液を頂きに、参上致しました」
彼はすぐさま白い手袋をした腕を出し、マントの上から紳士の礼を向けた。
外ではまた、月に白い雲がかかり、光が陰ってしまっていた。
「――吸血…人間…? 贄…?」
ようやく視認できる位置に来た彼を、ヒナタは震えながら見つめる。
流れるような黒い髪を持つ彼は、両の目を白い仮面で覆い、それ以外の服やマントは全て黒で統一している。そして彼の証言通り、口元から気付きにくい程小さい犬歯も見え隠れしていた。
近頃度々ウワサでは聞いてはいたが、まさか本当に目の前に現れるとは思ってもみなかった。
「…私の、血を…!?」
「――と、言いたいところですが…」
「?」
ふと、彼が言葉を途切れさせたことに、ヒナタは疑問詞を浮かべ、体をピクリと震わせた。
「本来オレは、……少し」
落ち着きのある声で告げながら、彼は自らの仮面にそっと手をかけ、ゆっくりと外していった。一時的に雲に隠れていた月が姿を現し、部屋の奥へ淡(あわ)い光を差し込んでいき、彼の体を、顔を、優しく照らしていく。
「――アナタに、…お話ししなければならないことがあり、ここへ来たのです。――ヒナタ様」
「!!」
首をもたげて夜月に照らされた男の顔に、ヒナタは目を見開き、口元に手を当てた。
なんと、黒服に黒いマントで身を包むこの男は、先程まで自分達と共に過ごしていたはずの従兄、――ネジだった。
「どう…して…? どうして、ネジ兄さんが…!?」
「……驚くのも無理もないでしょう。しかし、…今ここで話しておかなければ、アナタに一生、オレは反感を抱かれてしまう」
ネジは悲しげな表情を浮かべながら、動揺で動けなくなってしまった従妹へと近づき、彼女の傍でそっと跪いた。
その顔を見たヒナタは、彼に対する恐れよりも彼への心配が勝っていった。ヒナタは元来より心優しく慈悲深い性格だ。彼にそんな表情をされては気を遣わない彼女ではない。
ヒナタはようやく心を決め、口を開いた。
「――教えて…下さい。一体、…何が…あったのか」
「……分かりました」
ヒナタの強い意志を込めた目に、ネジは瞼を閉じて立ち上がり、後ろへ数歩離れて立ち止まった。
「……では、お話ししましょう。…オレの、――日向一族の全てを…」
*
オレ達日向一族には、代々白き瞳が受け継がれているという事は、アナタもご存じですね。…しかし、日向に伝わる特殊なものは、これだけではないのです。
――遥か昔、ある吸血鬼は一人の人間に恋焦がれ、人と魔物の隔たりを越え、愛し合い、子を為した。
それが、今の日向の始まりだったのです。
その子供は、人として生まれてきたにも関わらず、その子の眼は、…白い瞳をしていたのです。まるで、――父親の吸血鬼の目のように。そして、その子の子供も、その子供も、同じ白い瞳を相次いで受け継がれていったのです。
それが、後の日向一族となります。
ところが、幾人もの世代が過ぎていくうちに、数十年に一度、吸血鬼の力が覚醒した状態の子供が生まれ落ちてくるようになった。それが、…吸血人間なのです。
そして…、その吸血人間として生まれてきた子供の一人が、――このオレなのです。
しかし、この吸血鬼の能力はいつまでも続いているわけではありません。
夜の十時から朝の四時…、つまり六時間の間だけ、人から吸血鬼へと変わってしまうのです。まあ、その間だけは、ニンニクも十字架も苦手になりますがね。
それに、採取すると言ってもほんの少量、虜にするには致死量ギリギリまで吸わなければなりませんし、第一、そんな気は毛頭ありませんからね。
しかし、限度というものもあります。
少量でも相手は虜にはなりませんが、オレの方は、体力を維持できる期間が短くなってしまう。大量に吸えば四ヶ月程は持ちますが、それでは相手を自分の虜にしかねない。
もし少しでも血液を採取できなければ、四、五日でオレは餓死してしまうでしょう。
ですからオレは、遠く離れた地で血液を採取し、今まで生き永らえてきたのです。
「これが、アナタにお話ししたかった、オレの全てです」
厳かな空気を醸し出しながら語っていたネジは、再び近付いて跪き、彼女の小さく柔らかな片手を、自分の大きく逞しい両手でそっと優しく包み込んだ。
「アナタは、こんなオレを、…怖いと…思いますか? …こんなオレでも、慕って下さいますか? ……こんなオレを、――愛して…くれますか?」
己の魔物じみた顔と苦しげな表情を見られたくないのだろうか、心に抱えていた思いを告げるたびに、言葉は途切れ途切れに、さらに目をつぶり顔はどんどん俯いていく。
恐れられるのも、嫌われるのも覚悟の上。昼間の誓いを破ることにはなるが、彼女がそう思うのであるならば、すぐにでも姿を消し、二度と会わない覚悟はある。それが、彼女のためになるのだから、と心に決めている、はずなのだ。
それを知ってか知らずか、ヒナタは空いている手を彼の手に乗せた。
「……うん…。…私、怖くないよ」
予想外の答えに目を見開いたネジは、そのまま頭(こうべ)を上げた。
見上げる先には、相も変らずヒナタが昔から変わらぬ、そして大人の女性の美しさをも含んだ優しい笑みを浮かべている。
「…こんなでも、ネジ兄さんなんだから、…少しも、怖くないよ。……たとえ、ネジ兄さんが吸血人間であっても、…ネジ兄さんはネジ兄さんなんだもん」
「――ヒナタ様…?」
若干訳が分からず、ネジは呆然とヒナタを見上げ、見つめるままでいた。
そんな彼へさらに笑みを深め、彼の頬へ、指先、手の平と近付け撫でるように触れる。
「私、…ネジ兄さんのこと、――大好きだよ」
「ヒナタ様……!」
昼間と同じ、己の心の奥底では求めていたのだろう言葉に、ネジは堪らず軽く膝を上げて彼女の座高に届くようにし、感情の赴くまま掻き抱いた。
自分の手の平や指でヒナタの服や髪が多少乱れてしまうのも構わず、片手は頭を、もう片手は胴をしっかりと回し、自分の身に押し付けた。閉じた眦に、うっすらと浮かぶ露を隠すように……。
「…ありがとう、ヒナタ様。愛してる…」
「私もだよ。ネジ兄さん…」
抱かれたヒナタもゆっくりとネジの背へ両腕を回し、目を閉じ彼の肩に頭を預け顔を埋(うず)めた。
きつく抱きしめ合う薄暗い部屋の二人を、開け放たれた窓の月明りだけが、優しく照らしていた。
*
「ネジ兄さん…!」
仮面を付け、何事も無かったかのように窓から立ち去ろうとした彼の名を呼び、引き留めた。彼はヒナタの希望通り軽く振り向く。
「…よろしければ、…また……」
彼はヒナタの意を理解してか、優しげにほんの少し口角を上げ、小さく頷いた。
ヒナタの微笑む顔を見るや否や、バルコニーの塀に立ち上がってこう言い放ち、後ろに飛んでマントを閃かせながら外へ降り立っていった。
「それでは、また再び、星と月の輝ける夜にて…!!」
Fin
いや~、ラストの告白シーン、本っ気で恥ずかしかった…(笑)
恋愛ものなんて滅多に書かないもんですから…(;´∀`)
引き続き、感想どしどし募集中~♪
これからも、ボチボチ(笑)、よろしくお願いします!!
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